『盗まれた記憶の博物館』の舞台を歩きたくて

本を読んでその物語の舞台となった場所を見たいと思ったことは今までありませんでした。それなのに『盗まれた記憶の博物館』を読み終えたとき、私は物語の中で描かれた道を歩き、主人公の住んでいた家を見たくてたまりませんでした。作られた物語なのにそれが現実の世界のように思えたのです。

私が見たかったのは主人公ジェシカの家と彼女が歩いた道でした。ベルリンに暮らす彼女は行方不明の父を探して、父の職場であったペルガモン博物館へ行きました。そして博物館を出た彼女は父の手がかりを見つけられずに帰宅しました。

彼女が父を求めて博物館に向かった11月8日、私は物語に合わせてベルリンを訪れました。

博物館の横を流れる川には橋が二つかかっていますが、博物館を出たジェシカが家へ帰るために渡った橋はその日は修理中でした。仕方なく私は隣の橋を渡り、ジェシカの保護者であり相棒でもあったミリアムの家の前にたどり着きました。

その道をさらに進むと彼女が通っていた小学校がありました。学校はすでに廃校になっていましたが、運よく中に入れたので階段を上がってみました。小さなかわいい学校で、機械オタクのジェシカとはどうもイメージが結びつきませんでした。

さらに歩くとジェシカが交通事故を目撃した交差点があり、私はそこを過ぎてツィレ公園まで行きました。物語の中ではジェシカがこの公園のベンチに座るのですが、公園のベンチはいくつもあって彼女が座ったのがどのベンチか断定できませんでした。

私は道路の番地の表示を見ながら歩いていましたので、主人公の家が少しずつ近づいているのが分かりました。「せっかくここまで来たのに、もし家がなかったらどうしよう」と不安になりつつも胸がドキドキと高鳴っていきました。ジェシカの家の番地だけが存在しないというのが一番怖かったのです。

期待と不安を抱えて歩いていくと、拍子抜けするほど整然と立てられた集合住宅が立ち並んでいました。物語の描写のようなガーゴイルの見下ろす古い門も、場末の雰囲気の飲食店もその辺りにはありませんでしたが、その整備された住宅は間違いなくジェシカの家だったのです。

「ここまで期待させておきながらこれか…」と私は大きなショックと脱力感を感じました。しかし落胆したものの達成感はありました。

帰国後にこの本を翻訳された方に教えていただいたのですが、近年その辺り一帯が再開発されて新しい建物が建てられたのだそうです。本が出版された頃には、きっと物語の世界がそのまま広がっていたことでしょう。

これは1冊の本に導かれた私の小さな冒険でしたが、この旅を誇りに思うのは物語の舞台を訪ねることのみを目的にベルリンまで行ったことでした。ベルリンに滞在したのは博物館の開館時間から夕方までの半日で、これを海外旅行といっていいのか分かりません。

しかも小さな娘の世話を夫にまかせての強行旅行でしたので、このベルリン日帰り旅行はとてもぜいたくな旅と言えるのかもしれません。

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